夢現
徒然綴る創作小説のようなもの。ほぼ自己満足。http://sappe.fc2web.com

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在宅確認                 
「こんにちは」
「あら、今日は。お久し振りですね」
 昔ながらの木材とすりガラスで構成された引き戸をしとやかに開けながら、友人の奥方が笑顔で出迎えた。黒檀のように黒く美しい髪を結わずに、肩の上を自由に滑らせている。奥ゆかしさと上品さを兼ね備えた美しい笑顔だったが、どこか貼りついたような笑顔にも見受けられた。
「それで、どうなすったのかしら?なにか御用でも?」
 奥方は笑顔のまま私へと聞いて、小首を傾げる。引き戸に添えた両手の白い指が、かすかに震えている。
「えぇ、今日用があってこっちへ出て来たついでにこちらへ顔を見せると彼と約束していたもので」
 都会に住む私と、自然豊かな田舎に住む若い夫婦。私とこの奥方の旦那が昔馴染みだった事が起因して、夏の間よく逗留することもあった。今日はたまたま近くによる用事があったものだから、数日前に彼と約束をしていたのだ。
 それを聞いた奥方の笑顔がさっと消え、無表情とも、怒りに満ちたとも言えるなんとも不気味な表情をして見せた。
「主人は居ません」
 私の言葉に即答に近い形で奥方は答えるも、私の驚き顔に気付きすぐ元の笑顔に戻して言葉を続けた。
「大変申し訳ないのですけれど……、主人は今しがた出掛けてしまいまして、今居ないんですの」
 残念そうな表情で言う奥方を見下ろしながら、「そうなんですか?」と私は聞き返した。
「おかしいなぁ、この時間に寄るから忘れないでくれ賜えよ、と強く言っておいたはずなんですが。彼は約束を守る男だって、奥さんもご存知でしょう?」
 奥方は引き戸に爪を食いこませながら、「そんなの知りませんわ」と切り捨てるように言った。
「彼は居ません。彼は居ません。彼は居ません。彼は居ません。彼は居ません。先程もお答えしたように、彼は出掛けてしまったんです。彼はいってしまったんですのよ。ですからここに彼は居ません。彼は在宅しておりません」
 先程の柔らかな人柄はどこへやら、憎悪の念を抱いた人間の低い声で呪文のように言葉を繰り返した。
「私を愛してくれていた彼はもうどこにもおりませんの」
 独り言のように呟いた奥方の言葉に、私はにこりと微笑む。
「それなら、仕方ないですね。では私はこれでおいとましましょう、長々失礼致しました。それじゃあ、彼に伝言をお願い出来ますか」
「ええ、お安い御用ですわ」
 黒い髪から滴る赤い雫を気にする事も無く、奥方が嬉しそうに微笑んだ。

 小さく丁寧に会釈をした若い男が、田舎道に消えて行った。玄関先でその姿に手を振りながら見送った男より少し年上の女は引き戸を閉める事無く服の裾を汚さないよう気を付けながらその場にしゃがみこんだ。
「つい今しがた、ご友人が訪ねていらしたわよ。会えなくて残念がっていらしたわ」
 女はどこか楽しそうに、目の前に居る夫へと話しかける。夫は妻を見る事も無く、返事すらしない。
「そうそう、彼から伝言を賜りましたの。ちゃんと守って差し上げてね?」
 女の目線の先に居る夫は、玄関にうつ伏せになって倒れていた。右腕を精一杯前へ伸ばし、まるで引き戸を求めるかのような格好で背中の中央に何かを突き立てたまま、そこから白いワイシャツや地面を汚してしまっていた。

「あの世ではきちんとした格好で出迎えてくれ、ですって」

 女は優しく告げると、小さく息を吐いて立ち上がり、悩ましげに言葉を吐き出した。
「さてと。この人どうやって始末しましょうか」
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